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2010/08/14

旧開智学校

今回は、松本城のあとに行った「旧開智学校」のお話しです。

重要文化財に指定された旧開智学校は、松本城の近くにあります。

もともとは女鳥羽川のほとりに1873年に開校し、昭和36年に重要文化財に指定(近代の学校建築ではわが国で初めて)されたことで、38年から半年以上かけて、現在地へ移転、保存修理がおこなわれたそうです。

現在は教育博物館として公開されています。

Gaikan1

もとはL字型の建物だったようですが、袖の部分は移築されず、横一文字の形で残されています。線対称の形となっており、中央に入り口があります。しかしこの入り口は来賓用であり、生徒たちには使われず、裏側の入り口が使用されていたということです。

Gaikan2

中央上部の写真です。最上部には金属で作られた「東西南北」の字をかたどった風見鶏が設置されています。「開智学校」の文字盤を持っているのは天使で、当時の新聞のデザインを参考にしたものだろう、という見解があるようです。

Rouka

内部1階廊下の突き当たりです。擬洋風建築であるこの建物は、いたるところに洋風のデザインや素材が取り入れられていますが、この階段の手すりなどにも洋風なデザインを見ることができます。

Syoumei1

1階の廊下中ほど(正面入り口から入ったすぐの天井部分)の天井照明です。白い天井に映る放射状の影もきれいでした。

Meiji

2階の明治天皇御座所です。この部屋は、明治13年、明治天皇御巡幸の際、天皇・皇后の休憩室として使われたそうです。床は講堂と同じ、竹編みになっています。

Shihangakkou

第11展示室では、明治初年から現在までの教科書のうつりかわりを4期にわけて紹介していました。上の写真は文部省直轄の師範学校で編集した教科書「小学読本」です。

Monbusyou

上の写真は文部省が模範的に作った教科書だそうです。絵によって物の概念を起こさせ、これを言葉として発音し文字を教える、という方法で教育を行ったということです。

Sankarado1

Sankarado2

上の2枚の写真は、彫刻のついた桟唐戸(さんからど)といって、この建物内に8面ありました。波型・飛竜の木彫が素晴らしく、学生がよくいたずらしなかったな・・・と感心してしまいました。今なら子供がぶら下がったりぶつかったりして、壊しちゃってるかも・・・なんて思ったりしました。

Syoumei2

教室内の照明にも、こんなハイカラなデザインが。明るさはともかくとして、当時としては相当に新しいデザインだったことでしょう。

Koudou

旧開智学校の最も特徴的な部分である、講堂です。当時は音楽室として使われていました。奥にオルガンも置いてあります。廊下との隔ては手すりのみで、何とも開放的な雰囲気でした。

Syoumei3

楽しい照明シリーズ第3弾w 講堂の照明です。折り上げ天井に、桟唐戸の彫刻と同じ作者の波型彫刻が施された立派な作りです。

Colorglass

同じく講堂のステンドグラスです。何か所かある窓の内、1ヶ所だけに設えてありました。

Tukue

講堂の床は竹編みになっています。ちっこい机がいくつか並んでいました。かわい・・・

Door

これは第11と12展示室の間にある階段踊り場の写真なのですが、ドアが宙に浮いた場所に設置されています。これはなぜかというと、移築される前、ドアの前は教室棟に続く廊下だったのです。それが、移築されて教室棟部分がなくなったため壁になり、上下階をつなぐための階段になったため、このドアだけ不自然な形で残ったというわけです。

このドアの裏側は第11展示室となっており、そちら側の扉には「〆切」の札が貼ってあります。開けて向こう側に床がなかったら危ないですもんね。

昔の建築には、今の建築にはないものがたくさん詰まっています。前回ご紹介した松本城も良かったですが、旧開智学校も、見どころ満載で楽しかったです。

Pochisanpo  次回は奈良井宿をご紹介しますnote



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